産後2週間エピソード☆あなたが生まれてその3

今回は、出産後のエピソードを振り返って、その3まできました。

ここまで読んでくれた皆様ありがとうございます。

当時は、本当に自分の体も心配で、娘の事も気がかりでしかたありませんでした。

その1はこちらから↓(娘を出産してすぐのエピソードです)

その2はこちらから↓(なんとか産院を退院後自宅に帰ってすぐのエピソードです)

うらら
うらら

今回もちょっと愚痴的なのはいるので、嫌な方はその部分飛ばしてください!

辿り着いた病院で泣き崩れる

病院に着くまで、義姉に娘のお世話について電話でお伝えし、夫に病院前で車から降ろしてもらいました。

もちろん、血がとっても出ていたので、バスタオルを股の間に挟み、フラフラとしながら指定された場所まで向かいました。

ナースステーションに辿り着き、自分の名前を言うのと同時に、怖かったのと体が辛かったのがあり、涙が溢れだしました。

助産師さんに、「怖かったね!もう大丈夫よ!」と励まさたのが今でも忘れられません。

私は、言葉に詰まりながら実際に出血して出た出血量を伝えるために、写真で記録したものを見せました。

「500mlは確実に出てるね!」

と言う事で、早速悲劇の分娩台に登りました。

なんせ1週間前にこの分娩台にお世話になったばかりなのに、またしてもお世話になる事になるとは…

結局、この分娩台に登ってから、翌日のお昼まで一瞬ですぎて行くことになるとはこの時は全く思ってもいませんでした。

出産時の出血は1228mlでした。(とっても多いわけではないけど、少ないわけでもない出血量です)

出血の原因と先生の見解!そして悲劇の止血方法

分娩台に上がり、血液検査や万が一の為の輸血が出来るようにまたあの太い針?チューブを刺される。

刺してしまえば、柔らかいチューブなので、腕を動かしてもあまり痛くはありません。

けど、この針娘を抱く時にとっても邪魔になるんです…。

先生が来て、エコーをしました。

「恐らく子宮の戻りが悪くて血が出ているのだろう」と。

そして、止血方法。

子宮口を開き

ガーゼをギュウギュウに入れる

というのです。

今考えるだけでも、痛い…。

実際に、とっても痛くて、助産師さんが周りに4人以上。

麻酔なしで、足を押さえつけられ。

腕をさすられながら…「痛いよね。声出してもいいんだよ」

って、何度も言われても、声なんて出ない。

言葉なんて出ないほどに痛くて、唸る事しかできませんでした。

産後にずたずたになって縫う糸を3回お代わりして、先生からは「原型がわからない…」なんて言われていたのに、傷はまだ痛むのに…痛い以外の何物でもありませんでした。

書いてる今でも、とても辛い思い出です。

止血して様子を見ることになったが事件は起こる(ちょっと愚痴挟みます)

恐怖で悲痛で悲劇的だった、ガーゼ詰め込みがやっと終わり、ガーゼがパンパンに入っていて(多分止血だから…そうだと思ってる)お腹は痛いけど入れられる時の痛みよりはましでした。

助産師さんが、処置内容などを夫に電話して、夫が病院に向かってきたのです。

私はこの時信じられない光景を目にするのです。

そして、この事がきっかけで、娘を預けてもちゃんとと生きて過ごせるのかをとっても心配になりました…。

それは、北海道の2月は真冬日が多いです。

雪もたくさん降るのは2月です。

大人は、ダウンコートを着ていました。

そんな中、夫の腕に抱かれて分娩室に入ってきた娘。

夫は、ダウンコートをしっかりとチャックを締めていました。

娘は、上着などを一切来ておらず、肌着の上からロンパース、その上から

畳まれたフリース生地のおくるみがお腹の上に置いてあるだけの状態。

ぎょっとしました。

すかさず、と言っても分娩台の上から…手を伸ばし娘を抱きました。

冷たいのなんの。

体の芯から冷たくなってしまっていて、助産師さんたちが慌てて毛布や布団を貸してくれて温めましたが、この後数時間娘は眠ったまま起きることがありませんでした。

体力回復に励んでいたのでしょうか…?

夫もまだ、娘という存在になれていなかったから、仕方なかったのでしょうか。

仕方ないで、済ましていいの…?

なんて事を思いながら、娘の体をさすっていたのを覚えています。

ここまでが、病院にきて処置が終わるまでで、この時11時頃になっていた気がします。

…この後、もっと大変な悲劇が訪れようなんて思ってもいませんでした…。

この産後2週間にあったエピソードは一生忘れない気がする

産後の記憶ってよく残るって言うと思うのですが、1年経った今でもこういった経験は鮮明に覚えています。

鮮明過ぎて、書きながら本当に涙が出てしまうくらいです。

きっと、この先ずっと覚えている記憶になると思います。

うらら
うらら

涙まで流さなくなると思いますが(笑)

彼の家族からは、笑って話せるようになってから聞かせて!って言われたけど…

笑って話せる事は数十年後くらいになりそうな気がします( ;∀;)

もしくは、そんな時来ないかもしれない…って今はまだ思います。

笑って話せる日。来るのかなぁ。

ま、年取ったら笑って話せるくらいになるくらい、このエピソードを超える人生経験増えてたらいいな~♪(いや無理だろ)

では、また!

その4はこちらから↓

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